「昭和百年が去ってゆく」 令和8年1月4日
小高俊明
昭和百年と言われた2025年の年末のある日、昭和を91年間余生き延びて来た私にとってそのような昭和がこんな簡単に去ってしまってよいのだろうか、永遠に忘れ去られてしまうのではないか?といささか感傷的になった。
改めて「私の昭和」は何だったかをふりかえり、昭和百年に別れを告げたいと思った。
私の昭和時代は太平洋戦争をはじめとした多くの戦争と破壊、軍国主義から民主主義へ180度急転換、東西冷戦、高度経済成長、バブル崩壊、オイルショック、電子化の夜明けなどなど、どれをとっても歴史に残る大事件が沢山あった時代であった。
然し私個人として自身を総括すると、私の昭和は「旅から旅」であった。
即ち国内の旅では豊かな自然の懐へ、また歴史や詫び寂びの中にたたずむ寺院巡りへと北海道の稚内から南は先島諸島、小笠原諸島まで約650余の市区町村を訪れ、1万5百余の寺院を訪ねた旅であった。又海外への旅では多くの歴史の現場や大自然の凄さに立ち会いたくて451件の世界遺産と134か国を歴訪した旅だった。
そこでは人類の知恵の素晴しさを学び、自然の驚異にふれたことへの歓びがあった
が、時には儚さや愚かさも学び、私の人生の糧となったことは間違いない。
なお続けたい「旅」ではあるが最近の私の老化具合から考えるとこの世ではこれ以上は残念ながら断念せざるを得なくなってしまった。
然し果たせなくなった「残りの旅」は遠からずお世話になるあの世へ移った後、あらためて「残りを訪ねる旅」として始めることにしているので、昭和に始まった私の旅はあの世で更に続く「長い旅」になるという事を改めて確認した次第。
同意、同行の友はおられるだろうか? (2025.12.25)