正岡子規と野球(1)  9月29日 飯田朝明
子規作の俳句と短歌
 子規の俳句としてまず思い起こすのが、「柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺」である。
秋を実感させる柿と法隆寺の古い堂塔の組み合わせが、なんとも素晴らしい一句だ。
彼は無類の柿好きで、法隆寺を訪ねて柿をかじっているとき、鐘が鳴り響いたということだろうが、私としては、奈良のどこかの古い寺のひびが入った築地塀から柿の枝が道の方に飛び出していて、その実を思わずもいで味見をしたら、遠くの方から法隆寺の鐘が鳴るのが聞こえてきたとした方がいいように、勝手に思っている。 なお、この句は、奈良旅行を工面してくれた夏目漱石の作った「鐘つけば 銀杏ちるなり 建長寺」への返礼の句である。
 食べ物の句として他にすぐ思い出されるのが、江戸時代初期の俳人山口素堂の「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」である。夏が来たなと感じさせる俳句で私も大好きだ。「かまくらにて」という前書きがあるそうで、当時鎌倉の鰹が有名だったことを物語っている。ということで、「柿くへば」と漱石や素堂の句には、湘現会のご当地「鎌倉」が深く関係していたわけである。また、子規は、若くして喀血したことから「鳴いて血を吐く」と言われるホトトギスと自分を重ね合わせて、その漢字表記の「子規」を俳号としたが、素堂の句に「ホトトギス」が出てくるのは因縁めいている。
 このほかの俳句では、「松山や 秋より高き 天主閣」、「山吹も 菜の花も咲く 小庭哉」、「赤とんぼ 筑波に雲も なかりけり」がいいと、私は思っている。
 短歌には、「くれなゐの 二尺伸びたる 薔薇の芽の針やはらかに 春雨のふる」、「瓶にさす 藤の花ぶさ みじかければたたみの上に とどかざりけり」、「いちはつの 花咲きいでて 我目には 今年ばかりの 春行かんとす」他一首が「近代秀歌」に取り上げられている。 どの俳句も短歌も内容が平易なので、特に説明する必要はないと思われるが、後の方の二首は、自分が見た景色と肺結核に侵され、病床に伏した自らの心の内を客観的に表現しているとされている。(続く)