真夏のフェステ報告 7月31日 堀河勲

 今年の夏には「新型コロナウイルス」も、2年半を迎え、ようやく、「日常の普段着で生活が出来る?」のではないかと、7月31日に、いつも「みんなで唄おう!」を開催している、「玉縄学習センター集会室」が運よく予約できることになり、少しは我々にもハッピーが到来するかと思いました。
 「分科会のファイナル時期」も、チャンスを活かせず、リーダーの「石川陽久さん」にもご了解も得て、今年から「分科会」のジャンルを外れ、今後は「この指とまれ!」で企画することになりました。
 去る3年ほど前の7月、「井戸端ミュージック」をプランニングしたところ、30人弱の参加者で終始、盛り上がりで、終了後、居酒屋での懇談会もオマケつきで、「よーし、二匹目のどじょう」ではないが、最近、「ハーモニカクラブ」の寺澤リーダーが、「再興を目指して」、力量も発揮して、新メンバーの加入なども相まって、「頗る上昇ムード」なのでご相談を致しました。
 「歌詞の課題選曲」も、6月早々に決まり、ピアノの「山内先生」にもお願いして、承諾も頂き、スタッフとの「交換楽譜」もスイスイと決まり、6月中旬過ぎには準備も、ほぼ80%程度終えました。
 ところが、6月の下旬、思いもよらぬことが、幹事の私自身に、「緊急虚血性脳卒中」で、「湘南鎌倉総合病院」に救急車で運び込まれ、「9日間にわたる精密検査など」が相次ぎ、自宅に帰えられた症状は、回復状況はあるものの、遂行への意欲も、日ごとに減少してきた頃でした。
 かつて「鍋の申し子と言われた、故・小林光男さん」の「がんの元気づける会」では、「逗子蘆花公園」で、46人の料理を一手に引き受けられた「辣腕のイタリアン料理の小林先生」が、「料理実習室」で準備し、昼食やデザート、飲みものも準備方をするからと、大丈夫と励まされました。
しかしながら、「ba,5症状」も、世の中に蔓延しつつ、「イベントの中止」などのご意見なども、ありましたが、今まで取り組んで来られた、関係者からは、恐らく一抹の心配事を抱きながら、実施へのハンドルを踏み込んで頂き、「世話人会での14年間」での「思い出のひとつ」になりました。
 思い出とは言うものの、参加された方が罹病して、とんでもない事にもなりかねますので、「ここ一週間」は、朝起きた頃から、夜に寝る床につくまで、「毎日の感染者の動向」や、既に申し込まれた方々から、いつ「キャンセルが届く」ではと、「ヒヤヒヤ」しながら、当日で、会場にお会いするまで、気が落ち着かず、「脳卒中」への「心配ごとも増幅?」して、全てのスケジュールが終えた時には「やった!」と「心の中」で喝采しておりました。
 この時世を考えるに、参加者も総員19人を数え、「真夏のフェステ時間割」に沿って、皆さんが「持ち持ちの場」を、遺憾なく発揮されて、楽しみを「創り上げる器量」には、年輪を重ねた方々の所作は実に素晴らしく、「世話人冥利」で、誠に勇気づけられました。
 ピアノ伴奏が、ハーモニカ演奏などへの「臨場感」も凄く発揮され、私たちが合唱するにも、「気持ち感」も高揚して、「会場全体の雰囲気」も、「一体感」となるので、楽しさは間違いありません。
 「ボケナイ小唄」「長生き音頭」も、「井戸端ミュージック」においては、5人合唱でしたが、種々の事情などにも鑑み、全員ご参加が実現できず、スタッフでいろいろと考えて、バックの音響なども工夫して試み、少人数での効果アップにチャレンジしましたが、申し訳ありませんでした。
 「伊地知さん」には、飛び入りで、若き頃赴任していた頃の、「ケニアの思い出歌」の一小節を、ご披露され、ファイナルでは「小高さん」の「小噺や、10月の講演会題目の日本百名山の山旅」にも少々触れられるなど、お決まりは、「皆さんで定番の故郷」を高く斉唱して終えることが出来、今回の「実現化」には心から感謝いたします。 本当にありがとうございました。