歴史発掘    桂太郎―日露戦争を導き、支えた宰相 (その2)
                      6月5日        飯田朝明


3 桂の軍事体制構築への貢献と軍人・政治家としての栄達
  桂は、明治11年(1878年)に帰国し、陸軍参謀局に勤務することになった。このとき、ドイツの参謀本部をじかに見てきた彼は、日本においても、本格的な参謀本部を設置するよう建議したが、これは、参謀局を陸軍から引き離し、天皇の直轄とするものだった。その結果、参謀本部設置は実現し、彼は同本部管西局長に就任した。
その後、桂の提言により、明治17年(1884年)大山巌陸軍卿率いる14人の将校団の約一年の欧米視察旅行が実現したが、なんと、これには彼自身も加わっていた。その翌年1月に一行は帰国し、桂は、5月に陸軍少将に昇進し、陸軍省総務局長に就任した。その後、明治19年(1886年)3月に陸軍次官、その後第三師団長と陸軍内で昇進の階段をトントンと駆け昇り、明治28年(1895年)には、日清戦争の軍功により、子爵を授かるまでになった。さらに、その後は、台湾総督(短期間だった)、東京防御総督などの要職を歴任している。
当時の日本における軍政の改革、すなわち、鎮台から師団への改編、参謀本部条例制定、徴兵制度の整備等は、ドイツから招聘したメッケル少佐が立案し、すべて桂が実行に移したものである。師団については単独で軍事行動がとれること、参謀本部については陸海軍を統括して軍事作戦の立案を可能にすること、また、徴兵制度は国民皆兵を図るもので、いずれも戦える軍の基礎を築くものであり、これらは、桂がかねてから抱いていた構想とピタリと合致するものだった。
 
4 我が国の当時の政治情勢
明治天皇は、明治22年(1889年)2月に大日本帝国憲法を公布し、立憲君主制の帝国議会が置かれることとなったが、当時の政府においては、薩摩閥と長州閥が中心的地位を占めており、その両者が交互に政権を担当するなどして、いわゆる藩閥政治真っ盛りの時期であった。
特に長州閥の伊藤博文と山縣有朋は、首相に何回もなり、元勲として、ゆるぎない地位を保っていた。一方で、国会を開設したため、国家予算やその他の重要議案は国会の議決を要するため、利害が相反する政党勢力との間で、帝国議会は、しばしば紛糾する状況にあった。藩閥優位の中で、大隈重信や板垣退助などの国会での政党勢力の力も侮り難いものがあったのである。
 明治30年(1897年)12月、薩摩閥の松方正義内閣が、税金問題での大隈の抵抗により、衆議院解散に追い込まれた。次は長州閥が政権を担う番となるが、総理大臣就任を伊藤と山縣が押し付けあった結果、その翌年1月に第三次伊藤内閣が成立する。この時、桂は陸軍大臣になるが、それ以後、4代の内閣にわたって陸相であり続ける。
 その後、明治31年(1898年)6月最初の政党内閣として、第一次大隈内閣が成立するが、これは大隈首相兼外相と板垣内相が中心だったので、隈板内閣と呼ばれた。帝国議会開設後、政権を長州閥が担当しても薩摩閥が担当しても衆議院が抵抗したら予算が通らず、次々に内閣が倒れる状況にあった。「それなら政党が政治をやってみろ」と誕生したのが大隈内閣であり、そうした当時の混迷する政情の中で生まれたものであるが、この内閣は、政権担当能力はなく、4か月という短期間でつぶれる結果となった。

5 第一次桂内閣の成立
前述のような経緯を経て、伊藤は大命を受けて内閣を組織するものの(第四次伊藤内閣)、自分が設立していた政党である立憲政友会を制御できず、半年で、この内閣は崩壊する。この時は、伊藤と山縣が対立していたため、元老のうち、総理候補となるのは井上馨しかいなかったが、井上は大命を拝辞した。
ところが、山縣は、自身はもう首相になる気はなく、井上がだめだったら桂にすると考えていたが、山縣が元老会議を招集して、それを提議すると、誰も反対することなく、桂に決まる。桂自身は、最終的に大命降下するまで、伊藤に再起を促したり、明治天皇に、私は首相は無理として、陛下御みずからに、伊藤説得のお願いをするなど、手の込んだ芝居をして、「そこまで言われたら」という形で引き受けたのである。「ニコポン」の面目躍如である。
 第一次桂内閣は、閣僚には伊藤、山縣ら維新第一世代は一人もおらず、そのため、二流内閣、次官内閣、小山縣内閣などと呼ばれ、大方は、この内閣は長くは続くまいとみていた。
桂は、山縣の子分であるとして、かなり軽く見られていたのである。
そして、桂は、内閣を組織するにあたり、次の4条の政綱を定めた。
1 商工業を発達させる。
2 海軍の拡張 
3 独力で東洋の大局に当たるのは困難なので、イギリスとの協定を締結する。
4 韓国の保護国化
これらには、「ロシア」の文字は入っていな
いが、すべて対ロシア戦への備えを意味していた。                                         (続く)