「湘現かわら版たまて箱」から再録


                                   平川永子


 背は187センチで肩幅広く足が長くて筋肉質で・・と後姿だけは完璧なほどの28歳のいい男だった。前へ廻るとその方面のお兄さんもびっくりの迫力のある顔をしていたので、「繁華街で男たちが自分を避けて通る」との本人の話はまんざら嘘ではなかったと思う。
 とにかく全てにおいて嘘が多いので、職場では狼少年ならぬ狼男と皆が陰口をたたいていました。「僕が留学していたフランスでは、顔色の悪い男は薄化粧して接客にあたるんだよ」とゴリラ顔にお化粧をして出勤してきた時は皆唖然としてしまいましたが、留学なんて大嘘。さすがに上司もびっくりで、化粧騒動は一日だけでお終いになりました。
 彼の身の上話に聞き入って感心したり、アドバイスしたり、結婚話には心から喜んであげていた私でしたが、それが全部嘘だと知ったときの驚きったら、今思い出しても情けない気持ちになります。
 嘘をついての欠勤なんか当たり前で、日常の話はほとんど嘘だし、これは一種の病気かもしれないと思っていましたが、仕事もいいかげんだし、サラ金業者らしき人からの電話が頻繁にあったり、あれやこれやで「もうクビなんじゃないの」と噂していた頃、彼に実家から電話があったのです。
 暗い顔で電話を切り、「やっぱり駄目だったか」とお母さんが亡くなられたことに大変ショックを受けていたので、「こんな人でも母への思いだけは特別なんだなあ」としんみりとしてしまった。私は職場の皆からお香典集めて「気を落とさないでね」と彼に手渡しました。
 それから何週間かして、突然見知らぬ人から電話があり、「お宅の社員が救急車で病院に運ばれた」とのこと。上司はあわてて駆けつけたが、男性社員は「彼のことだもの嘘だよーんなんてけろっと出勤してくるさ」と笑って誰も真面目に心配する人はいなかったので、思わず「それはひどすぎるよ!」とたしなめました。
 そして彼はその日のうちに亡くなったのです。心筋梗塞でした。葬儀は郷里で行うとの事で、ご挨拶に見えた親御さんの顔を見て皆ビックリ。涙をこらえている小柄な女性は、亡くなったはずの彼のお母さんでした。
 私がパートでお勤めをしていた頃の出来事です。

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